ポピーを抱えて祈りましょう。【0:2】



0:23時頃

0:通話

若菜:もしもーし、聞こえる?

理央:おー、聞こえる。

若菜:通話久しぶりやねー?

理央:そうやねー。

若菜:なかなか人に会えなくて、嫌んなるね。

理央:ほんとになー。

若菜:でも仕事は変わらずあるしさー。

理央:若菜、いま何してるっけ?

若菜:経理事務。

理央:あ、そうなんだ。テレワークじゃないの?

若菜:生の現金の扱いもあるからなかなかねー。そういう理央は?

理央:ほぼテレワークだよ。通勤なくて快適~。

若菜:えー、いいな。でも私、テレワークにしたらめちゃくちゃだらける気もする。

理央:えー?

若菜:ほらあのー……学校だと勉強するけど、家での勉強は進まない、みたいな。

理央:まあまあわかるけどねー。

若菜:家の外ってなんであんなに捗るんだろうね?

理央:んー……なんだろねえ、不思議よね。

若菜:家居るとダラダラとしかしない気がして、テレワークがいいです! って強くも出られない。

理央:まあ、多少あるけども。

若菜:でも仕事の人には会えるのに友達に会えないの苦痛だよー。

理央:めちゃくちゃわかるー。

若菜:あ、ねえ、「われわれが生きて行けるのは、ただわれわれの想像力と記憶力が貧弱だからにすぎない」

理央:ん、シオラン。

若菜:せいかーい! さっすが理央!

理央:いや、なんで急にシオラン?

若菜:いやさあ、最近知ったの、シオラン。

理央:うん?

若菜:めちゃくちゃ暗いよねえ!

理央:めちゃくちゃ失礼だな?

若菜:いやだってさ、だいたいの人ってより明るく生きるために何をするか、を説くのにさ。

理央:うん。

若菜:「希望とは未来に対してつく嘘である」、だよ?

理央:あ、それ好き。

若菜:私もこれ好きー。

理央:こういうこと言う人の方が、安心できるのはわかる。

若菜:ねー。がんばれ! ポジティブになれ! って言われてもなれないものはなれないもんねえ。

理央:んー、抑うつリアリズム理論。

若菜:え、なんそれ?

理央:えーっとねえ、(インターネットで検索をかける間)…抑うつリアリズム理論とは、

理央:ローレン・アローイとリン・イボンヌ・エイブラムソンにより開発された、抑うつの人はそうでない人よりも、

理央:現実的な推論を行うという仮説である。ウィキペディアより。

若菜:へえー!

理央:私こっちの考えの方が好きだからさー。

若菜:うんうん。

理央:あんまり前向きすぎるというか、世界は美しい! 世界は楽しいものしかない! みたいな人を見ると、ちょっと怖い。

若菜:うんうん、まあ言いたいことはわかるよ。

理央:だいぶ遠慮なく失礼な言い方をすると、そういうひとって宇宙人。

若菜:ワレワレハ、ウチュウジンダ!

理央:いや私を巻き込まないで頂いて(笑う)

若菜:えー? 理央が一緒に宇宙人してくれないなら、私も宇宙人辞める……

理央:ちなみに宇宙人をするとどうなるの?

若菜:宇宙食、食べ放題。

理央:宇宙船襲撃してるじゃん(笑う)

若菜:(笑う)

:◆

若菜:あ、そういや聞いてよ。

理央:んー? なになに?

若菜:いや、しょーもない話なんだけどさ。

理央:大丈夫、私らしょーもない話しかしてない。

若菜:なーんも言い返せなーい。

理央:で、なに?

若菜:あのー、職場でさ、人が急にひとり、しばらく出勤出来なくなっちゃったのね。

理央:え? うん、大変じゃん。

若菜:そう大変なの、で、私がその人の分の仕事もしてるんだけどもさ。

理央:うんうん。大変じゃん。

若菜:そう大変なの。で、その過程で、その人のパソコンを使うわけですよ。

理央:まあ、そうやねえ。

若菜:その人のパソコンのデスクトップにさあー。

理央:うんうん。

若菜:デスクトップのショートカットがあった。

理央:うんう、ん……? どゆこと?

若菜:や、わかんない……わかんないけど、デスクトップに、デスクトップのショートカットがあったの。

理央:ホラーじゃん。

若菜:ホラーだよねえ。

理央:それ、異世界への扉開いたりしないの?

若菜:んや、普通に開いたら普通にデスクトップのフォルダが開いたよ。

理央:すでに試してた。

若菜:でもそのデスクトップのフォルダにもまた、デスクトップのショートカットがあるわけよ。

理央:こわ……

若菜:こわいよねえ。

理央:ホラーじゃん。

若菜:そそ、ちょっとしたホラーなんよ。

理央:無限ループ? 合わせ鏡みたいな?

若菜:何回目からか何かが出てくるやつだな。

理央:何か?

若菜:……ドラキュラ。

理央:なんでドラキュラ?

若菜:えーっと、特に意味はなかった。

理央:意味ないんかーい!

若菜:あるわけないじゃーん。

理央:まあ、意味があるもの出てきても怖さ増すだけだけど。

若菜:例えば?

理央:……上司。

若菜:こっっっっっわ!!!

:◆

理央:わたしのしょーもない気付きも聞いてよ。

若菜:うむ、聞いてやらなくもないぞ。

理央:ははーっ! ありがたき幸せ!

若菜:んで、何?

理央:薬って強そうな名前のやつ居て面白い。

若菜:薬?

理央:そう薬。

若菜:たとえば?

理央:フルボキサミンマレイン酸塩。

若菜:ふる…?

理央:フルボキサミンマレイン酸塩。

若菜:強そう。

理央:でしょ。

若菜:必殺技みたい。

理央:そうそうそう、たぶん手からビーム出る。

若菜:ふるぼきさみーん! まれいん!! みたいな。

理央:(笑う)

若菜:(笑う)

理央:あと、デキサメタゾン。

若菜:サメ?

理央:デキサメタゾン。

若菜:ほー。

理央:敵キャラっぽくない?

若菜:ぽいぽい。

理央:ニチアサのアニメに出てくるの。

若菜:鳴き声は、サメー! やね。

理央:サメ引っ張るねえ?

若菜:ちなみになんのくすりなの? サメ。

理央:サメじゃないんよ。デキサメタゾンはねー、口角炎で病院行ったときもらったの。

若菜:へえー。サメ、炎症抑えるんやねえ。

理央:サメじゃないんよ。

若菜:もうそこしか頭に残ってない。

理央:お馬鹿さん。

若菜:失礼な。

理央:強そうな名前の薬面白いなー! って思うんだけど、片仮名難しくて名前覚えらんない。

若菜:お馬鹿さん!

理央:私はお馬鹿だよ?

若菜:開き直りよった。

理央:自分を客観視できるって大事なことよ。

若菜:でも理央、実際は頭いいじゃん。成績良かったでしょ?

理央:学校の勉強が出来る頭がいいと、人間としてうまくやっていける頭がいいは、別物よ。

若菜:んー、まあ、そうね。私はどっちの意味でもさほど頭よくないなあ。

理央:お馬鹿じゃなかったら薬ざざーって飲まないでしょ。

若菜:たしかに。……なんかこの話題、地雷踏んだ?

理央:ちゅどーん!

若菜:……いま、何が爆発したの?

理央:私の嫌いな人。

若菜:それはー……よかった?

:◆

若菜:あ、そういえばお嬢さん、文学作品をイメージした紅茶、なるものがこの世にはあるそうですよ。

理央:あらそうなのですか? わたくし、それは初耳で御座いますわ。

若菜:ガチお嬢さんじゃん。

理央:ノっとこうかなって。で、なに、文学作品の紅茶?

若菜:そうそう。

理央:どういうこと?

若菜:私が見たのは、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のイメージをもとに作りましたってやつだった。

理央:へー、まさか文豪も、自分の作品が紅茶になるとは思わなかっただろうなあ。

若菜:だよねえ。なんかさ、たまに、文豪の何かしらが見つかりました! みたいなニュース出てくるじゃん?

理央:あー、あるねえ。

若菜:あれさ、絶対黒歴史暴露されて恥ずかしいと思う。

理央:黒歴史?

若菜:だって太宰治なんか、少年時代の落書きがグッズ化されてるんだよ?

理央:え、なに怖いじゃん。

若菜:でしょー?

理央:自分の幼い頃の落書きを勝手に引っ張ってこられて、あまつ大々的に発表されたら、恥ずかし過ぎてムリムリムリムリ。

若菜:黒歴史発表会だよ、死人が大勢出るだろうなあ。

理央:生きていられる人居るの……?

若菜:陽キャ。

理央:あ、世界線が違うお方ね。

若菜:陰キャじゃないと人間失格とか、書けないと思う。

理央:あれ読んでると死にたくならない?

若菜:なる、めっちゃなる。

理央:これ自分なのでは……? って錯覚に陥るよね。こわいわあ。

若菜:わかるわかる、何言ってんだって感じだけど、ほんとにこれ自分のことなんじゃないか? ってぞわぞわするよね。

理央:読むのしんどいのに読み進めちゃう。文豪マジック。

若菜:自分に合わないとなーんか読めないもんね、小説って。

理央:そうなんだよねー、売れてても、評価高くても、合わないと読めない。

若菜:でも私お馬鹿だからさ、読んでも内容あんまり覚えてないんだよね。

理央:そうなの?

若菜:そうそう、たぶん、活字読むのたのしー! 読んでる間世界に浸れてたのしー! 読めてたのしー! って感じなんだと思う。

理央:なんていうか、その場限りのノリなのね。

若菜:そうなのそうなの、でも本はやっぱりいいよ、落ち着くもん。

理央:しかし、文学作品モチーフの紅茶かあ……

若菜:んー?

理央:興味をそそられるような、飲むのが怖いような……

若菜:怖いの?

理央:怖いよ、だって好きな作品の紅茶が自分に合わなかったら、悲しいじゃん

若菜:ああ、なるほど。

理央:若菜、飲んだら感想教えてよ。

若菜:飲んだらね。

理央:飲め飲めー。

若菜:なんで命令形なの。

理央:(笑う)

:◆

理央:……夜になるとさあ。

若菜:んー?

理央:不安になるよね。

若菜:ああ、なるねえ。

理央:夜がダメなのかな。

若菜:陽の光って安心?

理央:いやー、どうだろう。煩わしい時もあるよね。

若菜:私は夜の方が安心できるけど。

理央:うん。

若菜:みんな、夜には眠りについてしまうから。

理央:うん。

若菜:……結局、ひとり取り残された気持ちになってしまうというか。

理央:そうだねえ。

若菜:……アイラブユーを、月がきれいですねと訳した逸話。

理央:ん?

若菜:あの逸話を、綺麗なものみたいに、尊いものみたいによく聞くけどさ。

理央:うん。

若菜:その月が昇る夜には、私が愛してほしい人だって眠って、私のことは忘れちゃうんだよ。

理央:うーん、若菜の口からそんな文学的なセリフが聞けるとは。

若菜:いや私だって多少本は読むんだよ? (笑う)

理央:でも、いつまでも起きていると死んでしまうよ。

若菜:死んでしまうねえ。

理央:眠りたくないわけじゃないけどさ。

若菜:うん。

理央:寝て起きたら、自分はいま以上に、何にもなくなっちゃうんじゃないかなー、なんて。

若菜:だれもかれも当たり前みたいに寝て起きて、当たり前みたいに愛し愛されて、当たり前みたいに、生きていて。

理央:うんうん。

若菜:こんな嫉妬にも満たないもやもやを抱えてしまうの。

理央:いやだねえ。

若菜:うん、やだー。

:◆

若菜:……でも、いつまでも起きていると、死んでしまうし、今日はそろそろ寝よっか。

理央:そうだね。……ひとと話すと少し、やっぱり安心する気がする。

若菜:毎日、安心安全で過ごせたらいいのにね。

理央:なるべくを祈るしかないねえ。

若菜:まあ明日も、なんとかがんばろ。今日も私たちはよくがんばった。

理央:そうだね、よくがんばった……(あくび)じゃあ、おやすみ。

若菜:おやすみ。

0:通話終了



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